◎見えた光景(地獄の巨釜・盟神探湯)
とある国について考えていたところ、見えてきた映像があるので載せておきます。
その国は、いまはまだ平穏を何とか保とうとしているのかもしれませんが、漫画のようにその国を鍋蓋のように持ち上げて見えた光景には、グラグラと煮えたぎる大鍋が準備されていました。
「地獄の釜」「盟神探湯(くかたち)」など、複数の言葉が出てくるので、いくつかの意味をもった光景ということになります。
その大鍋を覆い隠すようにいまのところは厚いが蓋のようにかぶせて隠されており、何事もないかのように装おうとしていますが、もう限界に近付いており、いつその蓋が崩れ落ちるのか、という感じです。
その板はその国のトップの力でもあり、そのトップによって厳しく統率が取られている反面、裏ではその抑圧を利用する人たちによって大小さまざまな傍若無人なふるまいが横行していたり、バレないように不正やその隠ぺいなども行われているようです。
ですから、そのトップになにかあると、それらが一気に噴き出しますが、同時に煮えたぎる釜の中に雪崩を打って落ち込む人たちも出てくるため、かなり激しい世相となるのではないでしょうか。
さらには、その国と関連がある国々も巻き込んでいくので、世界に与える影響はとても大きなものになりそうです。
いまはその板を補強しながらこれまで以上の国家をつくろうとしているため、エネルギーを集めて持ちこたえていますが、巻き返せるのかどうかギリギリのところ、という感じです。
釜鍋に落ちることで、この世の閻魔に裁かれる、ではありませんが、自らがやってきたこと、特に自分にウソをついて生きてきたかどうかが問われるような感じがしています。
この巨釜は一つの地獄がこの世に顕現するかのような印象を漂わせており、この国に限らず、世界各国それぞれにまた異なる地獄の光景が広がりそうです。
それが血の池地獄なのか、針の地獄なのか、糞尿の地獄なのか、灼熱地獄なのか、それはそこに至るなりの理由がその人たちにあってのことですが、その発端となるのは、大鍋の蓋が取れた時、ということになりそうです。
まだ決まったわけではありませんが、地獄の大鍋の蓋が外れることは、同時に世界のタガが外れることでもある、のだそうです。
◎地上天国と地上地獄
以前、地獄の蓋が空いて亡者の群れがあふれ出したことを書きましたが、そこからさらに、いまは地獄そのものも現れようとしているのだそうです。
地獄の蓋が空いて
地獄そのものも現れていく
一方で
地上天国も徐々に形を成していく
地獄を見ても地獄と気づいていない者たちは
そこに天国を求めて飛び込もうとしている者もいる
自由を捨ててそれを成そうとしていることに気づければ
まだ踏みとどまれる
自分がないままに過ごしていくことは
この先で文字通りのことがその身におきていくが
その身に起きるころには
それに気づけるほどの自分は
もういない
今回のコロナウイルスへの対策で、日本は本来なら世界に先駆けて解決の糸口をしっかり見出して結果を出せるだけの力があったそうです。
しかし、それは果たされることなく、グダグダな対応の末、さらにグダグダを積み重ねて、混迷を深めるに至ってしまった、そういわれました。
そこから国レベルで立て直すことは困難であり、個々に自分たちで自分たちのことを何とかする以外にないようです。
多数だから、権威だから、そういうことを根拠に行動しても、自分が救われるかどうかは別です。
むしろ、多数の方向性や権威による指導は、混迷を深める主流でもあるので、
自分を生きるということを理解できた分だけ救われる
ということになるのだそうです。
◎今後の節目の意味
今後も折にふれて様々なことが起きていくようですが、私たちはその中で節目を越えていくことになります。
学校の中間試験や期末試験のような節目もあれば、卒業試験のような大きなものまであります。
その課題や基準は人それぞれ異なるため、なにか明確な一律の基準があるわけではなさそうですが、強いて言うなら、「毎回節目をキチンとクリアし続けること、否定を減らしてよりよくなり続けること」ということになります。
学期中は他の人たちと同じように過ごせても、落第すれば次には進めません。
そういう試験はすでに始まっていますので、試験に気づくことなくエゴの歪みを顕現したり増幅させるようなことがあれば、落第していきます。
そこから一緒に先に進もうと思っても、方向性を出すことなく、自らを省みることもできず、自分をチェックしてよくしていくことも迅速かつ的確にできていかなければ、変化のスピードがはやくなり、周りとの乖離間は強まるばかりです。
先日の「一部の人たちに向けたメッセージ」の対象となる方たちの中には、周りのサポートを得て気づいて立て直している最中の方たちもいます。
それまでの関係性を台無しにし、失って気づかされた人もいるようです。
しかし、それでも気づけたならいいのです。
気づくことなく卑屈になって自暴自棄にでもなっていたら、この先は見えない壁にぶつかって前に進めなくなることでしょう。
秋になる頃には、また世の中の景色が変わり始めます。
変化がはげしくなるほどに、個々に訪れる本格的な節目も発生しやすくなり、足並みをそろえて多くの人たちが一斉に取り組むこともでてきます。
◎最後のバカンス
これから半年経ち、さらに冬を越えて春を迎える頃には、
いまとは明らかに異なる世界が広がっているよ
と今日いわれました。
これからの展開は神さまたちでもわからなくなってきているようでしたが、ある方向への可能性が強まってきているようです。
今年は、暑い夏があっという間に終わるかもしれません。
その先で、また曇り空か雨が続き、その合間合間に大きな影響を及ぼす台風がやってくる、そんなことをつよく感じ始めています。
また、今回の長い梅雨により、多くの昆虫が影響を受けているようです。
その結果、植物もまた影響を受け、私たちの生活にも薄暗い影がちらつき始めていく、そんな感じもしています。
水面下での動きが少しずつ力強く大きくなってきてるのかもしれません。
いまのところの私の感覚ですが、多くの人々にとっては、今月が優雅に過ごせる時期の最後ではないかと思っています。
来月後半以降は、徐々に慌ただしくなっていくような気がしています。