カウンセリングの余談 年号について 前編

◎年号について

 

いつもいらしてくださる方が私とのお話を録音しており、その内容をご自身のブログの中で文字おこししてくださいました。

 

その方は個人的にブログを書いており、一般に告知してはいませんので、こちらでもご紹介はしませんが、今回の内容は一つの物の見方として興味を持たれる方もいるかもしれませんので、一部を整理しなおしてこちらでも掲載することにします。

 

私自身あまり興味のないことでしたが、今回の内容は、平成から令和に変わった頃だったと思うのですが、お話の中ででてきたものです。

 

実際の意味するところはわかりませんが、興味のある方には、今後の展開を考えるヒントになるかもしれません。

 

その年号ごとの主要なテーマを主に書いてあるので、近代の流れの中で日本人としてどういう課題に取り組んでここまできたのかを考えてみると面白いと思います。

 

明治と大正はあまり興味がないため簡単にしか確認してありません。

 

実際の事象から考えると、その時代だけのことではなく、前後の流れやその時代に強調されたなにか象徴としての課題も語られたように思います。

 

(収録当時のものを整理しながら、改めて確認して取り直したものも加筆修正してそのまま乗せてあります。)

 

 

 

 

◎明治と大正

 

「明治」

 

日と月と書く

 

これは二元性で世の中を治めるということ

 

西洋と東洋の融合など

 

この場合は、誰かの都合で治める時代という意味もある

 

 

 

「大正」

 

正しさ、正義が強調される時代

 

正しさに大小はないので

 

誇張される分だけ偽りも入りやすい

 

明治からの反動がある

 

 

 

◎昭和

 

日に召されて和すると書く

 

これは神さまに従うことで調和を図るという時代

 

その神は象徴的には天照大御神だが

 

神さま全般をあらわしている

 

天皇はこの場合

 

神さまの代理みたいな役割と考える

 

自分とは違う上位の存在に従う時代

 

その下で調和することを目指した時代

 

神と人をわけていた

 

神から照らされて調和を図るため

 

神に依存する時代でもあった

 

そこにつけ入って力を集めた者たちもいる

 

昭和が長かったというのは

 

神を名乗る者たちがそれだけ神の力を誇示したかった

 

力を集めたかったから

 

宗教のなかでは現人神みたいなものもいるわけだから

 

生き神や教祖とよばれるものも一緒

 

良い悪いではなくいろんなものが入っている

 

多様な在り様なんだと思えばいい